2011年08月30日

マイケルのセミナーを受けてきました

この週末、またマイケル・ボルダックのセミナーを受けてきました☆

前回6月初頭に受けて以来、約3か月ぶりの生マイケル。
前回はコチラ→ http://kazudance.seesaa.net/archives/20110607-1.html

やはり本を読むだけでなく、生で話を聴くほうが全然良いですね。

CDで音楽聴くのと実際にコンサート観に行くくらいの違いがあります。

自分の中に残るモノが違う。

2日間フルに使ってのセミナーはとても頭が疲れたけど、でも、とても楽しかったですわーい(嬉しい顔)

受講者達との交流もできたので、これから共に頑張っていこうと思います。

ちなみに今回は、自分の中でよろしくないことだと自覚しているあることを変えたくて参加しました。

いきなり変わるのは無理だとしても、変わるキッカケが得られれば、もしくは変わるための刺激を受けられればいいな〜と考えていたのですが、ワーク実施中にそれが達成できてしまいましたわーい(嬉しい顔)

あとはこれから継続して行動するだけ。

前進どころか、ほとんど解決してしまいました。ヤッタ手(チョキ)

一人で悩むだけでなく、誰かに話したり、このようなセッションを受けるのはやはりためになりますね。

ちなみに、主催者側の特典で、自己啓発の本を4冊ももらってしまいました。なんと受講者全員にexclamation

運よく、全て自分が持っていない本で、かつ買おうと思っていた本だったのでラッキーでしたるんるん

その内の一冊「1本線ノート術」の著者、吉澤ゆかさんがいらっしゃったので、懇親会のときに色々お話を伺いました。ついでに本にサインもらいましたわーい(嬉しい顔)

book-1.JPG

book-2.JPG

ノートのとりかたや手帳の活用の仕方など、まだ改善の余地があるなと思っていたのでさっそく初日の夜に読破し、2日目のセミナー受講時に活用してみました☆

少し慣れが必要だけどとてもシンプルなので、これからどんどん使っていこうと思います手(グー)

posted by オッタ at 03:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

国家ぐるみの…?

■ネズミ講
簡単に言えば、商品やサービスを売って利益を得るのではなく、新規加入者の入会金などを既存会員で山分けするようなシステム。加入者が増えれば増えるほど自分達への配分が増えるため、すぐに年収以上稼げるようになる、なんていうのが謳い文句になっていたりする。もちろん法律違反。なぜなら、「加入者が無限に増え続けていかないと既存加入者は決して儲かることがないシステム」だからだ。人口は有限なので、いつか必ず打ち止めになる。

■年金
簡単に言えば保険みたいなもの。自分達が働いて得た給料から差し引かれ、定年退職したら今度はそれ受け取ることができる。

なので、「自分は若いころちゃんと年金払っていた。なので老後はそれを受け取るだけだから何も心配することはない」と思いたくなるのだが、実は現在の年金制度は方式が変わってしまっている。

今、自分達が納めているお金は現在定年している人たちが受け取っている。
てことは、将来私たちが受け取る年齢になったらそのとき働いている若い人たちが納めてくれたお金を受け取ることになる。

これって…実は仕組みとしてネズミ講と変わらないのでは…exclamation&question

と思ったり。

ネズミ講を個人がやるともちろん警察に捕まる。

でも、国家レベルで行うと…

取り締まる人がいないふらふら

。。

年金制度が安心ならないものになってきた、という話をよく耳にする。

要は少子高齢化、ということ。

年金を受け取る高齢者はたくさん増えるのに、それを支える若い人たちの数が減ってきているからだ。

ということは、その対策として、受け取る年金の額を減らすか、もしくは払う人たちの負担を大きくするか、もしくはその両方を行わなければならないか、となると思う。

この辺がネズミ講と同じだと思った理由。

つまり、このシステムって、払う人が増え続けないと成り立たなくなってしまうのだ。

ネズミ講で儲かるのは加入者ではなく運営サイド側。

てことは、現在の年金制度で誰が潤っているのかというと…

国?政治家?官僚?お役所?

そういえば昔、「消えた年金問題」とかあったし。

。。

自分の将来は自分が保障しなくてはならない時代になってきた、ということですかね。

複数の収入源をもつとか、資産運用していくとか、そういうことに取り組んだ方がいいな、って思うようになってきた。

まだ勉強不足なので、何をどうすれば良いのかさっぱりわからないのが正直なところだけど、とりあえず一歩を踏み出してみようかな。

posted by オッタ at 00:50| 神奈川 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | お金 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月17日

帰省

2泊3日にて、私の実家に帰省しています。

実家といっても千葉なので、横浜の自宅から車で1時間程度で着いてしまうのですが。

生後2カ月の次男コナにとっては初の帰省。

部屋の景色がいつもと違うので、めずらしそうにきょろきょろ天井を見入っていました目

これからは、日帰りでもいいから1ヶ月に1度は帰省していきたいと思います。

孫に会えるのが、おじいちゃんおばあちゃんにとっては何よりもうれしいことだろうからわーい(嬉しい顔)

family.jpg

posted by オッタ at 00:21| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月08日

愛情とは

「愛情とは、見返りを求めない無償の奉仕である」

これ、とても良い言葉だと思います。自分のお気に入りの言葉のひとつです。

この言葉について自分自身を振り返ったとき、生後2カ月の息子(次男)に対しては当然あてはまっていると思いました。

でも…

パートナーに対して、あるいは職場の部下などに対しても同じ感情を抱けているか、同じ接し方ができているか、というと、正直微妙かもしれないと思いました。

できている時もあるだろうが、できていないときもある。

「自分はこんなに尽くしているのに何も応えてくれない」

「こんなに親身に教えているのに何も変わってくれない」

「これだけ気を遣っているのに相変わらず反応が冷たい」

…などなど。数え上げたらキリがありません。

自分の中にこのような見返りを求める気持ちがあったら、それは愛情ではなく取引を求めていることになります。

恥ずかしながら、30歳過ぎてようやくそのことに気付きました。

このような気持ち・接し方をしていると、相手のとる行動や態度によって自分の感情が左右されてしまいます。

そして、その自分の感情に自分自身が振り回されてしまいます。落ち込んだりイライラすることも多くなってきます。

これは、相手から何かを得たい・自分に与えてほしいという欲求が前提になっているからなんだと思います。思った通りの(自分が望む)リターンが返ってこないから腹を立てたりするのです。

自分が与えてもらうのではなく、与える人間にならなければ、ですね。

聖者とか聖人と呼ばれている人は、おそらく全ての人に対して「愛情」を抱いているんだと思います。

自分のまわりの人たちに対して、常にそのように接していきたいですねわーい(嬉しい顔)

posted by オッタ at 00:47| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。